正義論と障害

正義論の観点から「障害者問題」にアプローチする文献の紹介。

 

なぜ「障害」なのか――「障害」は"dis-ability"という言葉通り「能力」によって定義される現象であり、能力・才能の社会的配置という正義論の主題の根幹に関わっている。平等主義の議論文脈では、センの議論を一つの端緒として厚生主義と資源主義双方の限界を示すような事例として位置づけられている。

障害者問題については、「障害」を社会のあり方や差別の問題として位置づける「障害学(Disability Studies)」の提起が重要であり、それは、分配的正義論を批判する諸議論、たとえば多元的正義論(ウォルツァー、ウルフ)や社会関係の平等論(アンダーソンなど)、差別・抑圧批判論(ヤングなど)、フェミニズムとケア・家族内性分業と正義に関する諸議論(キテイなど)にとっても議論の射程を測定する上での重要な参照項になっている。

 

この項目では、主に「障害学」の認識を前提にして分配的正義論を批判する議論と、それらを踏まえつつ、正義論と障害という問題系に対して包括的な見取り図を提示しているワッサーマンの議論を紹介する。

同時に、障害と傷病を「健康問題」として一括して扱う議論として、マーク・ステインとスーザン・ハーレも紹介する(ハーレーはEgalitarianism所収)。私自身は障害学にシンパシーをもっているので、傷病との関係についてはより詳細な議論が必要だと考えるけれども、〈誰に対する分配をなぜ優先するのか〉という「優先主義」をめぐる論点に関しては、これらの議論には重要な示唆が含まれている。

Wasserman, David 2005 "Disability, Capability, and Thresholds for Distributive Justice," in Kaufman, Alexander eds. 2005 Capabilities Equality: Basic Issues and Problems,Routledge

Wasserman,David 2001 "Philosophical Issues in the Definition and Social Response to Disability" Albrecht, Gary L., Seelman, Katherine D., Bury, Michael eds. 2001 Handbook of Disability Studies,Sage